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教育/国際交流/フィリピン訪問プログラム

心のものさし

心のものさし

1年女子

フィリピン訪問プログラム

私はフィリピンに発つ少し前に、以前、新聞記事で紹介されていた「フィリピンのゴミ山で暮らす子供達」の写真展を見に行く機会に恵まれた。病気でも病院に行くことさえできない人々、サイズさえ分からないボロボロの服を着て、大きなゴミ山で大切な家族を支えるために必死で働いている子供達・・・・・・。見れば見るほど無残な光景の写真に、私も母も言葉を失っていた。また、フィリピンの出発を控え、不安さえよぎった。
でも、実際に私達が出逢ったチャイルド達は、写真の光景ほど過酷ではなかったが、決して恵まれた環境ではない状況であるのにも関わらず、目をキラキラ輝かせ、満面の笑みを浮かべ、私達を迎えてくれた。少しほっとしたのは事実だ。
私には、当たり前に家族がいて、食事や飲料水に困ることもなく、また、当然のように清潔な洋服や制服を着て、学校に通い、教育も受けている。そして、やりたいことは何でもできるし、欲しいものも、意外と簡単に手に入る。
しかし、今回のフィリピン訪問を経験し、改めて「当たり前とはなにか」ということを考えさせられた。「当たり前であること」が、「当たり前ではない」ことに気付かせてくれたフィリピンでの体験に、今は心から感謝している。
このたいへん充実した、密度の濃い時間の中で、初等部生から大学生までのメンバーとディスカッションしたうちで、最も心に残ったことをとりあげようと思う。それは、「心のものさし」についてである。訪問プログラム5日目。セブ島のバリリにあるセンターを訪ねた、夜の合同ミーティングの時のことだ。
チャイルドの家を訪問したことについて、部ごとに感想を発表し、話し合った。
「チャイルド達が、自分の大切な宝物を私達にくれました。でも私は自分の大切なものが返せなかった。」
大学生の一人が発言した。なんと、本人が友達からプレゼントされた帽子やブレスレット等の宝物をくれたということだった。自分の大切な宝物・・・・・・。次々に私の頭の中に宝物が浮かんできた。
「皆さんだったら、チャイルド達のように、初対面の人に自分の宝物をあげられますか?」という先生の問いかけに、私はすかさず首を横に振った。自分の宝物を人にあげてしまうなんて、考えることも思いついたこともなかったかもしれない。何の惜しみもなく、自分の大切な物をプレゼントできるチャイルド達は、恵まれない環境にいるのにも関わらず、心が温かく、純粋なことに感動した。これに比べて私は(大切なものをあげるなんて)というためらいの心を持って恥ずかしい気持ちになった。
「では、皆さんなら誰になら宝物をあげられるのでしょうか?その判断は、どう決められるのでしょう?」
この問いかけに、私はきっと人それぞれ考え方や違いがあるのだろうと思ったが、自分自身は仲の良い友達になら可能だが、苦手な人や気の合わない人、ましてや初対面の人達には、警戒してしまい、あり得ないだろう。でも、チャイルド達は初めて出逢った大学生に宝物を贈ったのである。そう考えているうちに私はなぜ、こんなにも心が狭く、冷たい人間なのか・・・・・・豊かな先進国(経済大国)で恵まれて生活しているはずなのに。とても恥ずかしく、情けない気持ちになった。続けて先生がおっしゃった。
「それでは、あげることのできる人にも、あげられる物・あげられない物もあるでしょう。その境界線をものさしに置き換えて考えてみて下さい。きっとそれが、あなたの心のものさしです。」
その答えとして、一人の大学生が、
「お返しになにかを返そうかと、カバンの中を探してみた。その中で大切な物は携帯とカメラだった。だけど、携帯なんてもらっても嬉しくないと思った。」
確かにそうだ。私自身に置き換えてみても、少しゆずったとしても、大切な物は簡単にはあげられないはずだ。では、何故あげられないのか・・・・・・。「心のものさし」という言葉がその夜、何度も私の頭の中をよぎった。考えても考えても私の心のものさしが何なのか、分からなかった。恐らく十人十色、人それぞれ価値観や考え方が違うのだから、心のものさしも同じように、みんな違って当たり前なのかもしれない、と私は真剣に考えていた。
―――翌朝。
「コケコッコー」
にわとりの大きな鳴き声で目が覚めた。フィリピンの朝はとても早い。
この日は、バリリにいるチャイルド達に案内され、「マンタロンゴン・マーケット」という市場を歩き、貴重な体験をした。日本では絶対に見ることのないような光景を目にした。生きたままのにわとりを素手で持ち歩く人、牛・やぎ・豚までも、そのまま売られていた。暑いうえに、何とも言えないにおいが立ち込めていた。とにかく沢山の人々でにぎわっていた。フィリピンの人々は、私達日本人を見て、どう感じているのだろうと考えながら、視線を気にしながら歩いていた。その後、チャイルド達の通っている学校を案内してもらい、歌のプレゼントをしてくれた。色々なことを考え始めた私にとって、その歌は心に深く響き、涙がこみあげてきた。何よりも嬉しいできごとだった。
最後のセンター訪問となったのが、ここバリリだった。それまでに二つのセンター訪問をしていたが、ここでの交流会が最も深くお互いの文化を学び合え、また、つたない英語ではあるけれどもコミュニケーションを図ることができた。このセンターで出逢った大学生がいた。センターでは、各自が持参したお土産で遊ぶ時が持てた。私は色々考えて、きっと楽しんでもらえるだろうとオセロを選んだ。先生が彼にゲームの説明をして下さり、私達は早速オセロを始めた。彼は私になにかを質問しているが、ヒアリングが十分でない私はジェスチャーで答えていると、彼は笑顔で“Yes”や“No”と交わしてくれた。その返事を聞く度に少しずつ心が和み、自然と笑顔になれた。彼はとても理解が早く、ゲームもスムーズに進んだ。そして気付くと、いつの間にか会話もしていた。今でもその一つ一つの会話をはっきりと覚えている。“Present for you.”私は彼にオセロをプレゼントした。彼は驚きながらも、“Thank you”と本当に嬉しそうな笑顔で答えてくれ、私はとても幸せな気持ちになった。言葉はなくても、心の交流ができたと思えた。そのお返しに自分の腕につけていたブレスレット(ミサンガ)を外し、私の腕をとり、つけてくれた。恐らくそれは彼にとって大切なものの一つだったはずだ。その瞬間私は「心のものさし」のことを思い出した。心から私は「ありがとう」という気持ちを伝え、自分の幸せより人の幸せを願ってくれている彼は、本当に心の広い優しい持ち主だと思った。私はオセロしかプレゼントしなかったのに・・・・・・。正直、なんとなく申し訳ない気持ちになった。
だが彼は私になによりも人間に大事なものを教えてくれた。「大切なものは物やお金ではなく、感謝の気持ちや思いやりであるのだ」と。私が思い悩んでいた「心のものさし」の本質がわかってきたような気がした。そしてこれからの生活の中で、更に考えていきたいと思うようになった。
私が帰国して、今日で約3週間が経とうとしている。また当たり前のように食事をし、温かな布団で眠り、友人達と楽しい恵まれた学校生活を送っている。
あれだけ深く、印象に残った体験がすごいスピードで風化していく。きっとこのままではフィリピンで7日間過ごした経験が台無しになってしまう。
だがフィリピンのチャイルド達と出会ったことは、重大な私自身の「責任」でもある。そこで私にできることはいったい何か考えてみた。フィリピンの現状を少し把握できた今、自分が現地に行って見たもの、肌で感じたこと、気付いたことを周囲の人に伝えていくことだと思っている。
フィリピンで出会った人々には、みなぎるパワーをもらった。そしてわたしにとって「当たり前である」ことが“当たり前ではない”ということに気付かせてくれたフィリピンでの時間に感謝している。
毎日、チャイルド達のことを心に留めて、日々大切に過ごしていきたいと思っている。