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教育/国際交流/オーストラリア・ホームステイ・プログラム

心に残るオーストラリア

心に残るオーストラリア

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2年女子

オーストラリア・ホームステイ・プログラム

この夏のホームステイ・プログラムに参加して本当に良かったと、帰国してから改めて思う。

私にとって今回のホームステイは2度目の体験だった。初めてオーストラリアを訪れたのは小学校6年生の時だった。家族や友達のいる住み慣れた日本を離れて2週間、異国の地で生活するのは簡単なことではなかった。しかし、言葉や文化の壁を越えてホストファミリーとともに過ごしたことは、私にとって世界に視野を広げる大切なきっかけになった。

あれから2年。2年間で自分がどれほど成長したのか、また、私と同年代のオーストラリアの子どもが今どんな風に暮らしているのかを知りたくなった。

オーストラリアでいちばん緊張したのは、到着した日にバディの学校で自分のホストファミリーと初めて顔を合わせた時だった。事前にファミリーの写真と簡単な紹介が書かれた紙は配布されていたが、実際に対面するのはやはり緊張する。胸がどきどきした。
バディが迎えに来てくれた時には、ほっとすると同時にこれからの期待と不安が込み上げてきた。各家庭に分かれると私達はもう28分の1ではなくなる。一人一人が自分で考え、自分で行動しなければならないのだ。BIAのスタッフがおっしゃった「ホームステイはサバイバルだ。」という言葉が耳に残る。ファミリーの家へと向かう車の中で、私はまた1人どきどきしていた。
しかし、初めの数日こそ戸惑ったりしていたものの、ホストファミリーがあたたかく迎えてくださったため、すぐ自然に振舞えるようになった。

ホームステイでいちばん大変だったのは、やはり英語でコミュニケーションすることだった。日本で英語を学んでいても、普段ネイティブの人が普通の速さで話すのを聞く機会はあまりない。ホストファミリーの間や、バディと友達の間で話される日常会話を聞き取るのはとても難しかった。すべて理解することはできなかったけれど、みんな私に対して話す時はゆっくりとしゃべってくれて、私も知っている言葉を使って一所懸命気持ちを伝えることができた。たどたどしい英語でも、伝わった時はとても嬉しかった。英語を堪能に話せるようになることはもちろん重要だけれど、英語をうまく話せなくても、聴き取ろう、伝えようとする気持ちが大切だと感じた。

バディは私を楽しませるためにボートに乗せてくれたり、海でボディボードを教えてくれたり、水族館やショッピングに連れて行ってくれたりした。バディと過ごした時間は、日本では手に入れることのできないような、貴重な時間だった。
また、私はバディと一緒に学校に行ったことが深く心に残っている。中でもモーニングティーとランチタイムの時間は1番の楽しみだった。外で10人くらいの大きな輪になって、みんなでにぎやかに食べるのはとても楽しかった。

オーストラリアで過ごして、日本と違うなと思った点がいくつもあることに気付いた。オーストラリアの人々は、初めて会った人でもすぐに打ちとけ、名前を呼び捨てにしたり愛称で呼んだりする。あまり苗字は使われていなかった。クラスでは男子女子関係なく仲がいいし、先輩後輩の上下関係もほとんどないように感じた。いちばん驚いたのは、バディとバディの弟と道を歩いている時に、すれ違った全く知らない人が挨拶してきたことだ。それに対して2人は当たり前のように答えていて、日本では見られない光景だな、と思った。

こういう習慣の違いは国民性の違いから来るのかなと思った。日本人は全体的に形式や形を大切にするところがあり、知らない人に対して堅苦しく、よそよそしい態度をとる。しかし、オーストラリアで私が出会った人々は、皆よく知らない人間である私に対しても親切で、友好的だった。私はオーストラリアのそういうところに魅力を感じた。人々がどこか開放的で自由で、それでいて自分の主張や意見ははっきり持っている。私もそのような人でありたいと思った。

長いと思った2週間も過ぎてみればあっという間で、別れの時はすぐにやってきた。最初の頃は不安を持っていたりもしたけれど、それがだんだん、みんなと別れたくない、ここにもっといたいという気持ちに変わっていった。それくらいオーストラリアでの時間は充実していて、濃いものだった。

日本に帰ってきてからも、よくオーストラリアでのことを思い出す。これからもっと英語を勉強して、上手くしゃべれるようになってから、もう1度オーストラリアに行きたいと思う。そして、この出会いを大切にして、これからもホストファミリーとの交流を続けていきたい。